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東京地方裁判所 昭和37年(行)6号 判決 1962年12月25日

原告 新井申造

被告 東京国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「第二次納税義務告知処分に対する原告の審査請求を棄却した被告の昭和三六年一一月一〇日付決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、次のとおり主張した。

一、京橋税務署長は、原告が所有し、訴外有限会社新井商店(以下訴外会社という。)に賃貸していた別紙物件目録記載の店舗(以下本件店舗という。)が訴外会社の「事業の遂行に欠くことができない重要な財産」に該当し、したがつて訴外会社の滞納にかかる昭和三五年五月二七日を納期とする法人税本税及び同加算税金六七万六三二〇円とこれに付帯する利子税、延滞加算税につき原告が国税徴収法第三七条により第二次納税義務を負担するものとし、昭和三六年五月八日付同月一〇日到達の納付通知書をもつて、原告に対し右納税義務の告知処分をした。

原告は、右告知処分を不服として、同年六月八日再調査の請求をしたが、右請求は、原告の同意を得て審査の請求として取り扱われ、同年一一月一〇日付同月一二日到達の通知書をもつて、被告により棄却された。

二、しかし、本件店舗は、訴外会社の事業の遂行に欠くことのできない重要な財産ではないから、同社の滞納国税について原告に対し第二次納税義務を課した京橋税務署長の告知処分は違法であり、これを適法と認めた被告の審査決定は取り消されるべきである。

よつて、申立のとおりの判決を求める。

以上のように主張し、被告の主張に対して、次のとおり述べた。

一、被告の主張第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実中、訴外会社が本件店舗を材木店としての形態を完備した店舗として使用し、ここに常時金二〇万円程度の材木を陳列していたとの点、顧客が本件店舗に出入りして、陳列された材木を選別、購入していたとの点、訴外会社が店頭売買を主とする材木小売業を営んでいたとの点及び本件店舗が訴外会社の事業の遂行に不可欠の重要財産に当るとの点は、いずれも否認するが、その余の事実はすべて認める。

国税徴収法第三七条にいう「事業の遂行に欠くことができない重要な財産」にあたるかどうかは、その財産がないものと仮定した場合に、事業の遂行が不可能となるか、または不可能に陥るおそれがあると認められるかどうかによつて決せられると解すべきところ、訴外会社の営業は、主として得意先から電話で注文を受け、仕入先より商品を直送しまたは訴外会社の貨物自動車で送品することによつて行われ、しかも、深川木場や郊外等の材木販売店と異なり、本件店舗に一般の顧客が出入りすることはほとんどなく、訴外会社としては、電話一本あれば十分経営はなりたち、本件店舗がなくても営業の遂行が不可能となるおそれはなかつたのであるから、本件店舗が前記法条にいう重要な財産にあたらないことは明らかである。

三、仮りに、本件店舗が国税徴収法第三七条にいう重要な財産に該当していたとしても、第二次納税義務者が納税者に重要財産を供与しているかどうかは、第二次納税義務の告知処分のときの現況において判定すべきところ、原告は、京橋税務署長の告知処分のあつた昭和三六年五月八日の約一年前に当る昭和三五年五月二五日に、すでに、訴外会社との間の本件店舗の賃貸借契約を解除し、その返還を受けていたのであるから、この点においても、京橋税務署長の告知処分は違法である。

(証拠省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告の請求原因第一項の事実は認めるが、同第二項は争うと答弁し、次のとおり主張した。

一、訴外会社は、昭和二六年本件店舗所在地に木材の仕入、販売を業とする目的で設立された有限会社であつて、その資本金四〇万円のうち社員(代表取締役)たる原告が金二五万円(資本金の一〇〇分の六二にあたる。)を出資しているので、法人税法第七条の二第一項第一号の同族会社にあたる。そして、同会社は、原告主張のように法人税を滞納しており、かつ無財産であつて、滞納処分を執行しても実効をおさめえない状態にある。

二、本件店舗は、訴外会社の唯一の店舗であり、同社は、設立以来これを所有者原告から賃借して造作を加え、看板をかかげ、常時金二〇万円程度の材木を陳列して、材木店としての形態を完備した店舗として使用しており、顧客は、本件店舗に出入りして、陳列された材木の品質、寸法等を選別し、これを購入していた。

また、昭和三三年七月に材木の仕入、販売等に使用する営業用貨物自動車を購入してからは、本件店舗は、材木陳列場所を兼ねて車置場としても使用されていた。訴外会社は、これらの物的設備を利用し、店頭売買を主とする材木小売業を営み、前記滞納法人税の基本たる所得の発生した各事業年度(昭和三二年一月一日より昭和三五年五月二五日会社解散まで。)に相当額の所得をあげていたものである。なお、本件店舗の価額は、前記滞納税額を上廻る。

以上の事実によれば、本件店舗が訴外会社の事業の遂行に欠くことができない重要な財産にあたることはもとより、その他国税徴収法第三七条により原告に第二次納税義務を課するために必要とされる要件がすべて具備されていることは明らかである。

よつて、京橋税務署長の告知処分は適法であり、これを維持した被告の審査決定には、何ら瑕疵はない。

三、本件店舗の賃貸借契約が、原告主張の日に解除されたことは認めるが、第二次納税義務の要件である重要財産の供与の有無を、告知処分のときの現況において判定すべきものとする原告の主張は、次に述べる理由から、誤りというべきである。

すなわち、国税徴収法第三七条は、同条第一、二号所定の者が納税者の納税義務の発生原因である事業に対し実質上共同事業者的特殊関係にあることに着目し、かかる関係の下に発生した納税者の滞納国税について、同号所定の者に、補充的に、物的有限の納税義務を課する趣旨であつて、右の特殊関係が第二次納税義務の告知処分のときにも存続すべきことは、法の要求するところではないと解すべきである。したがつて、同条所定の重要財産が、滞納国税の基礎となつた所得の発生したときに、供与されていることが第二次納税義務を課するための要件であつて、その後告知処分までに当該財産が納税者から返還されたとしても、そのことは第二次納税義務に何ら消長をきたすものではない。

(証拠省略)

理由

原告は、京橋税務署長のした第二次納税義務の告知処分を維持した被告の審査決定を、第一に、本件店舖が訴外会社の「事業の遂行に欠くことができない重要な財産」にあたらないこと、第二に、右告知処分当時本件店舖がすでに原告に返還され、訴外会社の事業のために供されていなかつたことの二点において違法であると主張し、国税徴収法第三七条に定められたその他の要件が原告に具備することは争わないから、本訴の争点は、もつぱら右の二点にある。以下右の二点につき順次検討する。

当事者間に争いのない事実に、いずれも成立に争いのない乙第二ないし第六号証、証人長嶋修作、同田島喜一郎の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告が本件告知処分により第二次納税義務を負担することとなつた訴外会社の滞納法人税の基礎たる所得の発生した昭和三二年一月から昭和三五年五月までの間における訴外会社の本件店舖の利用状況は、次のようなものであつたと認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

訴外会社は、本件店舖所在地に材木小売業を目的として設立された有限会社であつて、本件店舖は同社の唯一の店舖であり、訴外会社は、ここに看板をかかげ、事務机、電話等を備えて営業事務をとるとともに、常時三〇石程度(金額にして金二〇万円前後となる。)の木材を陳列し、また昭和三三年七月に営業用貨物自動車を購入してからは、その車置場にも利用していた。訴外会社の得意先は主として固定客によつて占められていたが、これらとの取引は、顧客が本件店舖に来て、陳列された材木を選別、購入するほか、本件店舖に電話で注文することも少なくなかつた。注文を受けた訴外会社は、店頭に注文に応じ得る木材があるときはこれを、ないときは木材市場から自社の車で注文先に運搬していた。これら訴外会社の得意先には、建築業者等の大口需要者はなく、その多くは、銀座裏に存在する本件店舖近辺の商店主その他銀座かいわいで家屋等の増改築や補修を請け負つた大工等であり、これらの顧客は、増改築や補修に要する木材及び備品等の用材を注文し購入するのに本件店舖が近くて便利であることから、訴外会社と取引していたものである。 以上の事実から推せば、訴外会社の事業に属する木材の取引は、そのすべてが、本件店舖で商品を呈示してこれを売却するという取引形態によつて成立したものではないとしても、その大部分は、訴外会社が本件店舖に材木店を構えていたことにより生じた顧客層との間に成立したものであつて、若し訴外会社がここに店舖を構えていなかつたとすれば成立しなかつたであろうと認められるものであるのみならず、本件店舖は訴外会社の唯一の営業所であり、これがなければ、電話の注文を受け、その他業務をとる場所も、営業用自動車を置く場所もないことになるわけであるから、原告の賃貸していた本件店舖が訴外会社の事業の遂行に寄与していた度合は、極めて大きかつたといわねばならない。したがつて、本件店舖は訴外会社の「事業の遂行に欠くことができない重要な財産」に当るものというべきであり、この点の原告の主張は採用できない。

次に、第二次納税義務負担の要件としての重要財産供与の事実は、その告知処分の時に存しなければならないとの原告の主張について判断するに、京橋税務署長の告知処分当時、本件店舖が訴外会社から原告に返還されていたことは当事者間に争いのないところであるが、国税徴収法第三七条が同条第一、二号所定の者に同条の要件の下に第二次納税義務を負わせたのは、被告主張のとおり、これらの者が納税者と実質上共同事業者と目すべき特殊関係を有することを根拠に、かかる関係において生じた所得に対する納税者の滞納国税について、補充的に納税義務を負わせる趣旨から出たものと解するのが相当であるから、同条の要件事実の存否は、滞納国税の基礎となつた所得発生の時を基準として判断すべきであり(このことは、同条第二号の文言からも明らかにうかがえる。)、それ以後告知処分のときまでにその事実がなくなつたとしても、そのことによつて第二次納税義務に何らの消長をきたすものではないと解すべきである。したがつて、この点の原告主張も採用できない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用については、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条により、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

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